百物語

百物語 九十三回目「天使」

二十年ほど前の話である。そこは、風俗街やホテル街のはずれにあるライブハウスだった。おれは、そこの暗闇の片隅に、踞るようにして座っていた。大体がひとりでいるときに、ひとから話かけられるのがとても嫌いなのであるが。知らないひとから話かけられる…

百物語 九十二回目「夜明けの歌」

気がつくと、波打ち際にいた。僕はいつのまにか、海辺に佇んでいた。一体どうやってその鈍い鉛色に光る海の側まできたのか、全く記憶はない。乳灰色に輝く泡を飛ばしながら、波が打ち寄せまた退いてゆく。僕は、凶悪さすら感じる冷たい風を頬に受けながら、…

百物語 九十一回目「悪魔」

五年ほど前の話。あるひとが、プロテスタントの洗礼を受けたというので、話を聞きにいった。「わたしは、聖書を読んで愛されていることに気がついたのです」おれは、ひととして多くのものが欠落しているせいか。そもそも、神の愛というものを未だに理解でき…

百物語 九十回目「幽霊」

おれは結局のところ。書くことあるいは、描くことをつうじて。言語化される以前の世界。言葉によって構築される以前の意識へと。遡ってゆくことを望んでいたのではないかと思う。それはいうなれば。豊穣なカオスへの回帰を夢見ていたということであろうか。 …

百物語 八十九回目「ポルポト」

西原理恵子がイラストを書く場合、ほぼ間違いなく元の文章と全く関係の無いカットを描くのであるが、おそらく意図的になのであろうが、元の文章を喰ってしまうようなカットを描いている。唯一、西原のカットと互角に存在感を示すことができたのは、アジアパ…

百物語 八十八回目「戦争機械」

ジョン・レノンはイマジンでこのように歌っていた。 Imagine there's no countries 果たして、国家というものが無くなる日がいつになるかというのはともかくとして。この島国は、それほど遠くない未来において消滅すると思われる。それは、お隣の大陸にある…

百物語 八十七回目「ドン・ファン」

子供のころ、よく熱をだした。そういう体質であったようだ。中学生くらいまでは、一週間くらい高熱が続くことはよくあった。熱がでている間は、世界が変容し歪んで感じられた。深夜、暗闇の中で高熱に包まれていると、生きることがそもそも暗い地下の牢獄に…

百物語 八十六回目「ケルベロス」

もう、10年はたっただろうか。おれは、失業者であり、求職活動をしていた。朝まず、就職情報紙に目をとおして。おれのスキルが通用しそうな求人を見つけると、コンタクトをこころみる。アポイントがとれると、指定された時刻まで時間を潰す。だめだったと…

百物語 八十五回目「童子切」

7年ほど前になるだろうか。住んでいる近くに文士村というところがあった。由来はよく知らなかったのだが。夜になると、どこか濃い闇を湛える場所だったように思う。おれは、よくその夜の街を歩き。レンタルDVD屋にゆくのに。くらやみ坂といわれる通りを…

百物語 八十四回目「反対に河を渡る」

僕は暗闇を歩いていた。黒く真っ直ぐ伸びている道の両側は、熱帯の密林のように木や草が生い茂っており。灼熱に燃え上がる生の光輪が闇色にあたりを染め上げてゆき。そのむせかえるように濃厚な闇の薫りに僕は、少し意識が遠のくのを感じながら。黒曜石か、…

百物語 八十三回目「サンジェルマン伯爵」

おれは、元々アルコールには強い方ではないため、すぐに酔い潰れることになる。だから、記憶を失うほど飲むことは、殆どない。けれど、一度だけ。酒を飲みすぎて、記憶を失ったことがある。学生の頃のことであった。サークルの合宿で、琵琶湖のほとりにある…

百物語 八十二回目「夢の酒」

中学生のころ。古典落語が好きだった。なにしろ、アナーキー&バイオレンスな日常であったためか。おれは、普通の日常というものに憧れていた。まあ、学校だけでなく。家庭もそうとうあれていたので。こころの拠り所となるものが、必要であったのかもしれな…

百物語 八十一回目「おとろし」

こどものころから、色々なものが怖かったようだ。今となってはなぜそのようなものを怖れていたのかよく判らないものまで、怖がっていた。小学生のころはどうも怖れていただけなのだが。中学生のころからは、怖れをいだくとともに魅了されるようになった。そ…

百物語 八十回目「絡新婦」

誰にでも、もて期というものがあるという。どうも、おれにもそんな時期があったようだ。といっても、ほとんど自覚はなかったのだが。会社勤めをはじめて間もないころ、どうも客先でもてていたらしい。 「こないだの合コンどうたっだんですか」「ああ、あそこ…

百物語 七十九回目「フランケンシュタイン」

それはおそらく、滋賀県の片田舎であったように思う。もしかしたら、違ったかもしれない。単線の電車にのり、その駅についた。なくなったのは冬であったが。その時はもう、夏になっていた。全ては手遅れであったのかもしれないが、ではいつであればよいとい…

百物語 七十八回目「見知らぬひと」

僕は、その薄暗い部屋のなかで。愛するひとを腕にだきながら。ああ、一体このひとはそれにしても誰だったのだろう。そう思いながら。こころの底の闇の中を。ただひたすら手探り続けるのだが。腕の中のそのひとの。美しい花びらのような唇も。黒い太陽のよう…

百物語 七十七回目「ヒルデガルド・フォン・ビンゲン」

おれ自身にもっとも近しい存在とは。結局のところそれは痛みであり。それは恐怖であり。それらは、幾人もおれから離れていったひとびとはいるが。ひとり残ったおれのもとに。兄弟のように。恋人のように。そっと寄り添い。つきそい続けたのだ。 ヒルデガルド…

百物語 七十六回目「心の一法」

若き日のおれが最ものぞんでいたものは得られなかったのだが。まあ、そのむくいのようにぐだぐたの生活を一時送っていた。単に働いていただけといえば、そうなのだが。特に目的も希望もなくまあ、ゾンビのように。昼夜を問わず徹夜の連続で仕事をしていた。…

百物語 七十五回目「ウィンチェスター」

おれは過ちをいくつも犯してきた。そして。今もさらに積み重ねていこうとしている。そんなことは、今更なのだが。かつて、過ちについて、このようなことを語ったことがある。 「過ちとは、量子力学的なふるまいをする事象だと思う。個々の愚かな行為を行って…

百物語 七十四回目「火車」

7年ほど前の話である。毎晩終電車が過ぎ去ってから仕事場より帰るのが通例であった。まあ、忙しかったのである。電車がなければ、必然的にタクシーに乗って帰ることになった。確か1号線沿いを通って帰ったように思う。広く長い真っ直ぐな道は深夜を過ぎる…

百物語 七十三回目「かまいたち」

子供のころの話である。まだ小学生の低学年であったころ。なにかと血塗れになるような怪我ばかりする子供であったようである。頭部に傷を負うことが多く。額に何針か縫うような傷をよくおっていた。今では、特に傷跡も残っていないようであるが。小学生のこ…

百物語 七十二回目「しょうけら」

10年ほど前のことになるだろうか。おれは、タブレット型のパソコンを使っていた。後にアップルがipadを売り出したときには、随分懐かしいものをひっぱり出してきたものだと思ったが。それにしても、パソコンを携帯電話として売るとは、たいしたものだと…

百物語 七十一回目「見えないひと」

その図書館は、書物の迷宮のようであった。建物自体はそう大きいわけではない。けれども、幾重にも折り重なるように配置された書架は、まるで僕を袋小路へと誘い込んでゆくようだ。その本で作られた森のような図書館の中につくられた、森の空き地のような読…

百物語 七十回目「KLF」

12年ほど昔のことになるだろうか。田舎に造られた、とある企業の研究所のようなところに、仕事で通っていた。いわゆるバブルの時代に山に囲まれた土地を切り開いて、街をつくりだそうとしたところであって。バブルが崩壊するとともに、都市を造り上げる計…

百物語 六十九回目「イボイボ」

「こまわりくん、ってマンガがはやったじゃあないですか」「ああ」7年ほど前のことだったか。仕事場の裏から出てすぐ向かい側に、朝四時までやってる飲み屋があった。いつも真夜中に仕事を終えると、その店にいって飯を食い酒を飲み、埒もない話をしたもの…

百物語 六十八回目「黒百合姉妹」

昔から変わらず、古本屋が好きだ。昔は、大阪球場のところにあった古書街によく行った。最近は、梅田の駅前ビルにある古書街へ遊びにゆく。古書街は迷路のように思え。いたるところに入り込んだら抜けれない袋小路があるような気がして。丸一日でも彷徨い続…

百物語 六十七回目「アントナン・アルトー」

20代のころの話。よく映画を見た。いわゆるメジャーなもの、芸術的なもの、B級サスペンスやホラー、アニメ。まあ、なんでも見たのだけれど。たまにマイナーな作品の上映のときに。場末のポルノ映画館を一時的に借りて上映されることがある。普段あまりい…

百物語 六十六回目「アルフレッド・ジャリ」

中学生のころ。前にも書いたように、よく殴られた。まあ、おれの性格が悪かったせいもあるのだろうけれど。普通に廊下を歩いているだけで、前から殴りかかってこられたし。階段の最上段で背中を蹴られたりして、あやうく転げ落ちるところだったこともある。…

百物語 六十五回目「シュヴァルの理想宮」

確かそれは、大学受験をする前の日であったと思う。おれは自分の部屋で。なぜか漫画を描いていた。それは、多分中学生のころに友人と馬鹿話をして着想したストーリーで。その漫画に着手したのは多分高校生の終わりごろだと思う。結局、大学に入学したのはそ…

百物語 六十四回目「僕らはなんだかいつも全てを忘れてしまうね」

たん。た、たん。たた、たん。た、たたん、たん。たたん、たたん、たたん。 闇の中に規則正しいリズムが響いてゆく。それは心地よく、僕の心音と同期をとるように律動を作り出す。身体を揺らす振動は、僕をまるで宙に浮いているような、不思議な気持ちにした…