百物語 二回目「三人目のひと」

少し前の話になる。

閉ざされた箱のような、こころからあふれ出す色で全てを塗りつぶせるような小さな部屋で。
眠りと覚醒の狭間にある酷く細い隘路をゆらゆらとゆれるように行き来しながら。
その部屋であいするひとを腕の中に抱いていた。
そこは闇ではなく、乳白色の薄暮につつまれており。
まるで、漂うようにおれたちふたりは抱きしめあっていた。
それは夜ではなく。
そして朝でもない。
闇でもないが、光もささない。
どこにも属さない不定形の時間の中で抱きしめあっていた。

おれは。
そこにもうひとりの。
そう、三人目のひとの気配を感じていた。
それは、どこかから訪れてきたのではなく。
はじめからそこに居たのだというように。
そして、おれはその気配を当然のものとして受け止めて。
その存在を感じていた。

おれはなぜかその存在をよく知っていて。

そいつはおとこでもなく。
そしておんなでもない。
おとなでもなければ、こどもでもない。
何ものでもないがゆえに、何ものでもありうるような。
そんなひとが実体としての身体を持たないにも関わらず、確かな存在として佇んでいる。

そいつは。
おれの知っているそいつは。
監視者であった。
ただ全てを監視し、その行為を記録してゆく。
おれは、そいつにこころの中で話しかけていた。
おれの悦びをおれの罪をおれの絶望をおれの望みを。

そいつは。
裁くのでもなく、糾すのでもなく、讃えるのでもなく。
ただただ全てを監視し記録してゆくのだと。
おれはなんの根拠も無く、理ももたないまま、確信だけをもち。
その眼差しの元、何にも属さない灰色の時間の中を。
漂っていた。

おれはその存在を根拠をもたずただいるのだと確信することで。
うっすらと安心して闇の眠りへと帰っていった。

 

 

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