百物語 二十七回目「夜の夢」

僕はその黒い車の後部座席に座っていた。
夜の国道を黒い車は西へ向かっている。
夜の街のイルミネーションは綺羅綺羅と輝きながら、左右を飛び去ってゆく。
遠くに黒い壁のように山が聳えていた。
カーラジオからは、定期的にそれの情報がながされている。
「現在南南西へ時速15キロで移動しています。現在位置はI市の北端で山沿いに移動中です。移動している地域のみなさんは、十分ご注意ください」
情報を伝え終わるとカーラジオは、また少しメランコリックな音楽をながしはじめる。
遠い昔の恋愛映画のサントラだ。
僕は、後部座席に深く腰を降ろすと緞帳に覆われたみたいにチャコールグレーの夜空へ、イージーリスニングが翔び去ってゆくのを見ていた。
僕は、ぼんやりと向こうの山はI市の北端だったなと思い起こす。
そうすると、黒い壁のような山の向こう側に、それが移動していくのが見えた。
それは、大きな立ち上がった影のようである。
形は少し丸みを帯びた円錐形をしており、その高さは聳える山々を少しだけ上回っていた。
それは、漆黒の姿をしていたがサイダーの中で沸き上がるような白い泡末ふうの光子を中から沸き立たせている。
そして円錐形の頂点あたりで、金星のように輝く光の固まりがサイクロプスの瞳みたいに、ぎらりとこちらを見たような綺がした。
それは黒衣の花嫁のように。
それは喪服を着た貴婦人のように。
静々と。
黒い壁のような山の向こう側をゆっくり移動していく。
車はそれから方向を少しそれてゆき、北西へと、夜の黒い河をわたる黒い船みたいに国道を走っていった。
やがて車は国道を逸れ、蛇のようにぐねぐねと曲がりくねった山道へと入ってゆく。
カーラジオは少し哀愁を帯びたラブソングのメロディをながし続けていた。
車はその曲の旋律に翼を与えられたように、山頂へ向かって駆け登ってゆく。
やがて、空を覆っていた緞帳のような雲がはれてゆき、星が姿を現してきた。
星々は空を巡る巨大な観覧車のように。
星々は宝石を散りばめた無数の歯車のように。
円形の軌道を描いて空を巡ってゆく。
その様は僕には、漆黒の機械に組み込まれた精密で緻密な機械の部品が作動している様のように見え。
ほうと少し、吐息を漏らした。

 

 

 

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