百物語 一回目「虫」
おれは、もともと霊感は皆無だ。
霊の存在を感じることはない。
けれども半世紀近く生きていると、奇妙と思える体験をすることもある。
昨日の夜のことだ。
元々、おれの中には様々な不安と恐怖がある。
それは具体的な生活と繋がっている場合もあるが。
そもそも生きることそれ自体によって生み出されてくるようなものもある。
あたかも夜の森が湛える闇のようなものが。
おれの中にはある。
それは夢の中では虫の形をとった。
いつも、不安が高じると虫が姿を現す。
その虫は、ムカデにトンボの羽をつけたような姿をしていた。
背中には毛虫のような棘と文様がある。
無数に生えた足は羽毛のように細長く、ざわざわと蠢いており。
影が実体化したかのような。
闇が凝縮して姿をとったような。
こころを騒がせる姿をして。
ベッドに横たわるおれの顔の周りを飛んでいた。
おれはいつもの夢と知りながら。
早く目覚めたいと思いつつ。
そして目を開くと。
傍らにその虫がいた。
まだ、夢の中かと疑ったが、確かにその奇妙な虫はおれの顔のそばにいた。
手を出すと、その棘から毒が回るかとも思ったが。
思わず手を伸ばすと。
そいつはかさかさとベッドの下へと消えていった。
おれは、夢と現の境界が崩れてしまったかのような、いいようのない不安に苛まれつつ。
再び、闇の中へと堕ちていった。