2019-02-01から1ヶ月間の記事一覧

百物語 二十一回目「水晶髑髏」

水晶髑髏はいわゆる、オーパーツと呼ばれるもののひとつだ。「オーパーツだって?」古代の遺跡から発掘されたものの中で、その当時の技術で造り上げることが極めて困難であるとされるものを、そう呼ぶ。「へえ、じゃあ水晶髑髏はいつの時代のものなんだい」…

百物語 二十回目「人力コンピュータ」

コンピュータを文字どおり、計算機とうけとるのであれば。例えば算盤にしても人力で動かされるコンピュータと言えなくもない。ただ、関数計算くらいはできるべきだというのであれば、計算尺といことになる。古いSF小説を読んでいると、星間文明を築き上げ…

百物語 十九回目「ヴォイニッチ手稿」

かつて、ウォルター・ベンヤミンは純粋言語という概念を提示している。思考をひとからひとへと伝えるという、おれたちが言語の役割と信じているものを。放棄してしまい、ただ言語のための言語としてのみ存在しているとされる純粋言語。もちろんそれは、ベン…

百物語 十八回目「シンクロニシティ」

はじめてユング心理学のこの概念に出会ったときには、ものごとが起きたときに働くこころの動きのことを指しているのかと思った。実際にユングの考えていたことが判ってきたのは、アーサー・ケストラーの偶然の本質を読んだくらいのころだろうか。おそらくそ…

百物語 十七回目「砂の本」

ホルヘ・ルイス・ボルヘスの綴る物語にこのようなものがあった。砂漠の中に解き放ったひとに、このように語る。「ここが、我らの迷宮だ。ここには入り口も無く出口もない。行く手を阻む壁もない」うろ覚えの記憶では、こんな感じだった。物語が始まるという…

百物語 十六回目「黒い悪魔を見たはなし」

ずっと昔、子供のころのこと。よく、悪夢を見た。そのころはまだ不安が虫の形をとるということもなくて。もっと漠然とした恐怖があったように思う。それは単純に、夢の中でどこか奥深いところへと入り込んでしまい。そこから、帰れなくなってしまうのではと…

百物語 十五回目「再び虫のはなし」

古い家に住んでいたころの話だ。兎に角木造の古い家であったせいか、色々な虫が棲んでいた。大きな蜘蛛が木の枝みたいに長い手足を伸ばして這い回り。寝ているとざわざわと百足が足元を這い回ったりするし。夏になれば網戸で蝉が脱皮をして。扇風機に蟷螂が…

百物語 十四回目「白い煙を見た話」

子供の頃のはなしである。古い街に住んでいたころがあった。戦後間もないころに建てられた家の離れがおれの部屋である。そこに住んでいたひとたちは皆亡くなっており。その後に、おれの家族が住むことになった。母屋に両親たちが暮らし、おれはひとりで離れ…

人生はデスマーチ

あたしは、相変わらずデスマーチのただ中にいた。デスレースだったら格好いいんだけれどもね。あれは狩る側、奪う側だから。デスマーチっていったらもう、あれじゃあない。旧軍のほら、飢えと疫病で苦しみながら行軍をジャングルで続けるやつ。そんな感じで…