百物語 十四回目「白い煙を見た話」

子供の頃のはなしである。
古い街に住んでいたころがあった。
戦後間もないころに建てられた家の離れがおれの部屋である。
そこに住んでいたひとたちは皆亡くなっており。
その後に、おれの家族が住むことになった。
母屋に両親たちが暮らし、おれはひとりで離れで寝起きしていた。
ちゃんとした独立した家となっており、母屋にいくには一度外へ出る必要がある。
トイレはついているが風呂はないため、風呂は母屋へゆくことになった。
昔は茶室として使われていたようで、ちゃんと茶室としてのつくりにはなっていたようだが。
おれが住むようになってからは、ほとんどその面影はなくなっていた。
庭には桜の木、梅の木、柿の木が立ち並び、どこか雑然とした雰囲気ではあったがそれなり四季折々の彩りを見せる。
ある意味贅沢な場所に暮らしていたのかもしれない。
兎に角古い家だった。
二階はないが屋根裏部屋があって、そこは物置となっている。
昔住んでいたひとたちがおいていった色々なものが放置されていて。
ある種カオスな空間であった。
昔使われていたのかもしれない家具や、食器類、衣服、道具類等などは、昔の匂いを染み付かせており。
何か不思議な気配を作り出す。
それは今はもう居なくなったひとたちの生活の残り香みたいなものか。
もういなくなったひとたちの、息遣いやざわめきだけが微かに残されている感じで。
何か実体があるのではないけれど、不思議な存在感だけがあった。
それは時折、目で見えることがある。
何か、はっきりとした形ではなく。
白いふわふわとした煙のようなもの。
それは、かつての生活していたひとたちの気配が消えてゆく様なのかもしれないと思いながら。
その薄ぼんやりとした煙を見ていたものだ。

学生のころ。
一度だけ、はっきりと煙を見たことがある。
学生のころは兎に角部屋中に本が溢れていた。
屋根裏部屋にもダンボールで何箱分もの本が置かれており。
部屋のあちこちには、やはり本の詰まったダンボール箱が積み上げられていた。
縁側に面した窓は、南西を向いていたため夕暮れ時には西日が差し込んでくるのだが。
西日は部屋の中を紅く染め上げていく。
それは時折、部屋の中に積み上げられた本たちを燃え上がらせてゆくようだと。
そんなふうに思うことがあった。
おれは部屋の中で、うたた寝をしながら。
夢の中で、真紅に染まった部屋を見ていた。
部屋はもうかつてそこに住んでいたひとたちの匂いがそうとう薄れており。
おれのまき散らした思念のようなものが詰め込まれた感じだったのだが。
それが沈みゆく陽の光によって紅く燃えてゆくような。
世界の火の中に沈んでゆくような。
そんな夢の中に漂っていたのだが。
ふっと目覚め目を見開いたとき。
部屋全体が白い煙に包まれていて、おれは愕然とすることになる。
おれはその煙が勢いよく天井へと昇ってゆき、そして消えてゆくのを見ることなるのだが。
おれは、なんとなく昔からあった古い気配が煙とともに消え去っていった。
そんなふうにも思った。

 

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