2019-09-01から1ヶ月間の記事一覧

百物語 八十回目「絡新婦」

誰にでも、もて期というものがあるという。どうも、おれにもそんな時期があったようだ。といっても、ほとんど自覚はなかったのだが。会社勤めをはじめて間もないころ、どうも客先でもてていたらしい。 「こないだの合コンどうたっだんですか」「ああ、あそこ…

百物語 七十九回目「フランケンシュタイン」

それはおそらく、滋賀県の片田舎であったように思う。もしかしたら、違ったかもしれない。単線の電車にのり、その駅についた。なくなったのは冬であったが。その時はもう、夏になっていた。全ては手遅れであったのかもしれないが、ではいつであればよいとい…

百物語 七十八回目「見知らぬひと」

僕は、その薄暗い部屋のなかで。愛するひとを腕にだきながら。ああ、一体このひとはそれにしても誰だったのだろう。そう思いながら。こころの底の闇の中を。ただひたすら手探り続けるのだが。腕の中のそのひとの。美しい花びらのような唇も。黒い太陽のよう…

百物語 七十七回目「ヒルデガルド・フォン・ビンゲン」

おれ自身にもっとも近しい存在とは。結局のところそれは痛みであり。それは恐怖であり。それらは、幾人もおれから離れていったひとびとはいるが。ひとり残ったおれのもとに。兄弟のように。恋人のように。そっと寄り添い。つきそい続けたのだ。 ヒルデガルド…

百物語 七十六回目「心の一法」

若き日のおれが最ものぞんでいたものは得られなかったのだが。まあ、そのむくいのようにぐだぐたの生活を一時送っていた。単に働いていただけといえば、そうなのだが。特に目的も希望もなくまあ、ゾンビのように。昼夜を問わず徹夜の連続で仕事をしていた。…

百物語 七十五回目「ウィンチェスター」

おれは過ちをいくつも犯してきた。そして。今もさらに積み重ねていこうとしている。そんなことは、今更なのだが。かつて、過ちについて、このようなことを語ったことがある。 「過ちとは、量子力学的なふるまいをする事象だと思う。個々の愚かな行為を行って…

百物語 七十四回目「火車」

7年ほど前の話である。毎晩終電車が過ぎ去ってから仕事場より帰るのが通例であった。まあ、忙しかったのである。電車がなければ、必然的にタクシーに乗って帰ることになった。確か1号線沿いを通って帰ったように思う。広く長い真っ直ぐな道は深夜を過ぎる…

百物語 七十三回目「かまいたち」

子供のころの話である。まだ小学生の低学年であったころ。なにかと血塗れになるような怪我ばかりする子供であったようである。頭部に傷を負うことが多く。額に何針か縫うような傷をよくおっていた。今では、特に傷跡も残っていないようであるが。小学生のこ…

百物語 七十二回目「しょうけら」

10年ほど前のことになるだろうか。おれは、タブレット型のパソコンを使っていた。後にアップルがipadを売り出したときには、随分懐かしいものをひっぱり出してきたものだと思ったが。それにしても、パソコンを携帯電話として売るとは、たいしたものだと…

百物語 七十一回目「見えないひと」

その図書館は、書物の迷宮のようであった。建物自体はそう大きいわけではない。けれども、幾重にも折り重なるように配置された書架は、まるで僕を袋小路へと誘い込んでゆくようだ。その本で作られた森のような図書館の中につくられた、森の空き地のような読…