百物語 七十七回目「ヒルデガルド・フォン・ビンゲン」

おれ自身にもっとも近しい存在とは。
結局のところそれは痛みであり。
それは恐怖であり。
それらは、幾人もおれから離れていったひとびとはいるが。
ひとり残ったおれのもとに。
兄弟のように。
恋人のように。
そっと寄り添い。
つきそい続けたのだ。

ヒルデガルド・フォン・ビンゲンについて。
さて、一体何を語ればいいのだろうか。
ただその楽曲の美しさに触れさえすれば。
既に十分とも思えるのではあるけれど。
ヒルデガルド・フォン・ビンゲンは常に病とともにあった。
彼女にとって生きることは病とともに苦痛とともにあることであった。
そしてその苦痛こそが。
彼女にヴィジョンをもたらした。

「しかし彼女は生来非常に病弱な体質で、終生自由に歩くことにも困難をきわめたほどだったといわれる。ただその一方で、彼女の「自伝」を筆録した伝記作者である修道士ゴドフリートは、ヒルデガルトが早くから予知をともなう特殊な幻視能力に目覚めていたことを伝えている。
ヒルデガルトの病気が、現代でいうどんな種類のものだったかについてはさまざまな見解があるようだが、ひとつ注目されるのは、記録によればヴィジョンはしばしば病に苦しんでいるさなかに現れた。」

苦痛もまた。
脳の中でコヒーレントに存在する、いうなれば潜在性の積み重なりが。
自壊していくときに発生する様々な現われのひとつなのではないのだろうか。
結局のところ、すべては脳で生じるカオスとノモスのせめぎあいから自壊していくことによって生じているとも考えられる。
苦痛はおそらく快楽の残酷な双子の姉妹であり。
解き放てぬ過去や怨念や愛や哀しみが。
重なり合いながらその自重で崩壊してゆくときに。
流れ出していくものかもしれないが。
ヒルデガルド・フォン・ビンゲンはそこからヴィジョンを生み出し。
美を創り上げることができたる

ああ、願わくばおれもまた。
身を裂かれるような痛みの果てにヴィジョンを得て。
せめて何か言葉を残せればと。
そう思うのだ。