2019-01-01から1ヶ月間の記事一覧

百物語 十三回目「待合室」

僕は気がつくと、その薄暗い部屋にいた。その部屋に湛えられた闇の濃さ、そして空気の重さはそこが地下であるかのように思わせる。湿った空気、音の無い沈黙、身体を蝕むような冷気。そうしたものは、ひとつの予兆を指し示しているようだ。僕は、少しづつ目…

輝くもの天から落ち

あたしは、いつものように。死衣のような白い服を身に着けて。死神のような漆黒の着流しを着たそのおとこの腕に抱かれておりました。夜のときは、目の前に流れる大きく黒い河のようにゆるゆると。そう静に密やかにゆうるりと。流れてゆくのです。おとことあ…

百物語 十二回目「しゃれこうべ」

折角、百物語なのであるから、怪談ふうの話もしてみようと思う。 絵の師匠から聞いた話である。師匠は、しゃれこうべ、つまりひとの頭蓋骨を描いてみたいと思ったそうで。その理由は忘れてしまったのだけれど。兎に角、頭蓋骨をもっているひとがいないかあち…

百物語 十一回目「足のはなし」

左足のふくらはぎの外側。 何故か、夢の中でそこに苦痛が幾度も訪れる。似たような夢を何度となく見た。医者に不治の病を宣告され、家に帰ったあと。全身が腐り爛れてゆくなかで。真っ先に左足のふくらはぎの外側の肉がごそりと崩れ落ち。骨が露出する。そこ…

百物語 十回目「手のひらのはなし」

子供のころのはなしである。 子供の頃、季節の変わり目になると手のひらに水疱ができた。手のひらに水滴がぽつりぽつりと。落ちてくるように。あるいは。手の中から水滴がわきだしてくるかのように。ぽつり、ぽつりと。細かな泡のようなそれは。浮きだしてく…

地球最後の夜

「ボットはね、自己完結的なモジュールなんだけど、相互依存的でもあるんだ。面白いでしょ」「ええ、とっても興味深いですわ」そういいながら、言ってることがわけ判んなんいだよ、とこころの中でつっこみをいれる。「それはまあ、群態として存在していると…

百物語 九回目「公園で蛇を見る」

それは、まだ、小学校へいく前のことである。まだ大阪の北の端へは行っておらず、そこから淀川を渡った向かい側、淀川の南側にある街に住んでいたころのことだ。 おれの一番古い記憶。おそらく3才くらいの頃のできごとである。当時、世界は何やらふわふわと…

迷い家

貴方様は、わたしの身体を抱き締めるとまるで息の根をとめるかのように。わたしの中の命そのものを、吸い出そうとしているかのように。強く強くわたしの唇を吸った。わたしは貴方様の鋼のような抱擁の中で、ゆるゆると溶けていきそうな、ここちになる。貴方…

水曜日の彼

彼がわたしを呼び出すのは、いつも水曜日なので。わたしは冗談混じりに彼のことを「水曜日の彼」と呼んでいる。じゃあ、月曜日や金曜日の彼がいるのかというと、そんな訳でもなくて。水曜日の彼だって。奥さんと子供がいるひとなので、果たしてわたしたちが…

百物語 八回目「山の中で犬と遭う」

それは、小学生だったころの話。 おれは、大阪のずっと北のほう、歩いて京都との境まで行けるようなところに住んでいた。かなりの田舎だったかというと。そんな感じの土地でもなく、ごく普通の住宅地であった。それは山の一角をとり崩したような土地であり。…

百物語 七回目「土地の精霊に嫌われる」

まだ、おれが学生時代のことである。 当時、おれはI市の隣の市に住んでいた。I市には、絵の師匠が住んでいて、おれは絵の師匠の元へ定期的に通っていた。まあ、今もそうなのだけれども当時は土地には土地の精霊が存在しており。その土地を訪れると、その精…

追放者

(あたしと別れてここを出て行くなんて)彼女は、すこし口を歪ませた。笑っているような。憐れんでいるような。嘲っているような。そんなふうに唇を撓ませる。(砂漠の中に追放されるようなものよ)そうだね。そのとおりだ。僕は生きる理由も、描く情熱もす…

百物語 六回目「天使の羽を持つひとと会う」

15年ほど前の話となる。 そのころおれは、この島国のいたるところを渡り歩いていた。バブルが崩壊したとはいえ、まだ今ほど経済は壊滅的なところまで来てなかったので。地方でもまだそれなりに仕事がとれたし、仕事のあるところにはどこにでも行った。当時…

百物語 五回目「亡くなったひとと会う」

それはやはり10年近く前の話となる。 あれは母親が死んでから一年くらいがたった時期であり。母親が入院していたころは地元に戻っていたが、母親が死んでまもなく都心へと戻ることになった。その当時、仕事していた場所は本当にこの島国の中心地に近い場所…

あたし、ギターになっちゃった

あたしはまるで。ふわふわとした、薔薇の花束の上でただよっているような気分から。刃を突き付けられるような、鋭い現実へと戻った。薄暗い場所だ。天井は高く、広々としている。あたしに馬乗りになったおとこは、にやにやと軽薄な笑みを浮かべたまま。手に…

百物語 四回目「神のすまう場所をとおりすぎる」

それは10年近く前の話となる。 おれは、百段坂を登りきったあたりに住んでいた。百段坂は元々その名のとおり、段々となった坂であったらしい。しかし、今では舗装され平らで長く急な坂道となっている。その坂を登りきったあたりの安アパートで、おれはひと…

薔薇色の宇宙

「ねえ、ひとつ聞いていいかな」彼の問いかけに、あたしはベッドの上から答える。「うん、いいよ。なにかな」「どうして夏でも手袋をしているのさ」「やかないため」「ああ、日焼け防止ってこと? でもさ」彼は、トレイに二つの皿を載せて部屋に入ってくる。…

夜の血

夜の果てがきたら。闇の終わりがきたら。ひとの世の終わりがきたら。おまえを切り裂きに行こう。 賑かな夜だった。誰もが笑い合い、歌い語り合う。音楽が絶やされることはなく、食べ物と微笑みが絶やされることは無かった。街頭は華やかに着飾った人達で、満…

世界は七色のジャンクヤード

そこはとても奇妙な場所であった。平凡な街並み。どこにでもあるような、住居や立ち並ぶ屋台。その雑多な迷路にも似た空間を抜けるといつしか昼でも昏いような、森へ出る。そして、薄暗い闇に閉ざされた森を抜けると、唐突に広場へ出た。わたしは、このよう…

百物語 三回目「路地裏で、途方も無いはなしをする」

数年前のことである。 夏のことだった。それこそ、日差しが幾千もの刃となって地上を蹂躙しているような。そんなふうな、残酷で苛烈な夏だった。おれは犬のように喘ぎながら、地下鉄の階段から地上に這い出すと赤坂の近くにある仕事場に向かっていた。過酷な…

百物語 二回目「三人目のひと」

少し前の話になる。 閉ざされた箱のような、こころからあふれ出す色で全てを塗りつぶせるような小さな部屋で。眠りと覚醒の狭間にある酷く細い隘路をゆらゆらとゆれるように行き来しながら。その部屋であいするひとを腕の中に抱いていた。そこは闇ではなく、…

百物語 一回目「虫」

おれは、もともと霊感は皆無だ。 霊の存在を感じることはない。 けれども半世紀近く生きていると、奇妙と思える体験をすることもある。 昨日の夜のことだ。 元々、おれの中には様々な不安と恐怖がある。 それは具体的な生活と繋がっている場合もあるが。 そ…