世界は七色のジャンクヤード

そこはとても奇妙な場所であった。
平凡な街並み。
どこにでもあるような、住居や立ち並ぶ屋台。
その雑多な迷路にも似た空間を抜けるといつしか昼でも昏いような、森へ出る。
そして、薄暗い闇に閉ざされた森を抜けると、唐突に広場へ出た。
わたしは、このような広場を見たことが無い。
様々な辺境の少数民族を見てきたが、そのどれとも違う。
けれども、都会にあるようなファッションとして模倣したエスニックな空間ではなく。
そこには濃厚な魔法の残滓が漂っているかのようだ。
神秘や魔術が実際に生きたものとして機能している世界はいくらでもあるけれど。
ここがそのどれとも違うのは。
あまりに多くの神々が無造作に並びすぎていることだ。
広場の周囲には様々な神像が並んでいる。
例えば。
南方の犬の頭部を持つ、冥界の神。その隣には、北方の巨大な亀に乗った女神が佇む。
向かい側に東方の苔むした岩の塊みたいな神像もあれば。
辺境の憤怒の表情を持ち髑髏を首から提げ、血塗られた刀を持った蒼ざめた神もいる。
それらの神は生きていた。
足元には、供物が捧げられおり香が立ちこめられていたり、酒や馳走が並べられていたり。
お札が張られていたり、ランプに火が灯されていたり。
それぞれの神がそれぞれのやり方で、崇められていた。
あきらかに巡礼と見られる白装束のものや、土地に住むものが供物を捧げにきていたりする。
異教徒同士がいがみあうこともなく、平然といきかう。
不思議な場所だ。
わたしはそう呟きながら、広場の中心に目を向ける。
そこには小さな池があり、その池の中心には鳥の彫像があった。
そのおそらくはこの広場で唯一信仰の対象ではない彫像の元に。
ひとりの少年が座っていた。
池のほとりで。
まるで神々に愛でられ花と化したという神話の少年のように。
神秘的で静謐な気配を纏っている。
けれど、そんなことはどうでもよく。
異様なのはその少年が、手にナイフを持っていることで。
時折そのナイフで自分の手を傷つけると、自身の血を池に飛ばしていることだ。
血がとんだ池のその部分は、黒い塊がもりあがる。
よくみると、それは鰐だということが判った。
その池には無数の鰐がいる。
血を受けた鰐は狂ったように身を捩らせるけれども。
なぜか、その少年に襲いかかることはなかった。
あたかも少年との間に目に見えぬ壁があるかのように。
鰐たちは少年の前から後ずさる。
わたしはようやく、その少年の前に立つ。
(やれやれという顔をしていますね)
驚いたことに先に口を開いたのは少年のほうだった。
わたしは、肩を竦める。
当然だ。
おそらく唯一世界を救うことができるはずのその少年は。
自分の身がどうでもいいものだというかのようように、傷つけているのだから。
(僕は自分の身体が嫌いなんですよ。で何が望なのです)
わたしとともに来て欲しい。
(対価はなんでしょう)
わたしは、肩から提げた袋を足元へ投げ出す。
その中から、少年の体重と同じくらいはあるであろう、金貨が地面に溢れる。
(いらないよ)
まあ、そうだろうね。
きみの望みをいってちょうだい。なんでもするから。必要なの、あなたが。
少年は無垢な笑みを見せる。
(かんたんさ。僕のそばへ来て抱きしめて)
わたしはそれが自殺行為と知りながら、一歩前へ踏み出す。
獰猛で飢えた鰐ですら近づけないその少年に向かって。
わたしは歩いて近づく。
わたしは全身がばらばらになっていくような気がした。
心臓も。
胃も、子宮も、腸も。
身体のなかにあるあらゆる部分が興奮して欲情し、身を捩っているみたいだ。
なぜその少年に近づくと皆狂ってしまうのかは、判らない。
少年の体臭が強烈な麻薬と同じ成分を持つというひともいる。
しかし、わたしは水の香り以外の匂いを感じられない。
どんと。
脳の中に光の刃が差し込まれる。
ああ、ああ、ああ、ああ!
興奮と絶望。わたしは、狂ったように笑いつづける百人の小人が虹色に輝くのを見る。
千の鳥が黄金色に輝いて、天から降りてくる。
炎を吐く蟻たちが地面から湧き出す。< />世界は七色に輝くジャンク・ヤードだ。
素晴らしい、素晴らしい。
少年は。
黒い光を放ち。
海の青色に飲まれ。
薔薇の赤色を纏い。
死の闇が龍のようにとぐろを巻く。
骸骨の馬に跨がった幾千もの軍勢が、走り抜けていく。
そうだ、そうだ、わたしは幾万もの死を飲み込んで。
殺して、殺して、殺して、殺して。
殺し尽くしてここに来た。
蝶のような、蝙蝠のような、白鳥のような翼を羽搏かして飛び去ろうとする少年に。
わたしはわたしはわたしはしがみつく。
わたしは、
陶酔の中で意識を失った。
ああ。
あああ。
世界はなんと素晴らしく。
無意味なのだろう。

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