百物語 七十二回目「しょうけら」

10年ほど前のことになるだろうか。
おれは、タブレット型のパソコンを使っていた。
後にアップルがipadを売り出したときには、随分懐かしいものをひっぱり出してきたものだと思ったが。
それにしても、パソコンを携帯電話として売るとは、たいしたものだと思った。
それはともかくとして、おれは結構そのタブレット型のパソコンを気に入っていたので、長い間使っていた。
ただ、ジャンク品として安く売られていたものを買って自力でリストアしたしろものだけに。
とてもスペックが低かったため、ネットに繋がなければそう問題では無かったのだが、いざネットに繋ぐとなると。
アンチウィルスのソフトや、ファイヤーウォールに、アンチスパイウェアの常駐ソフトを起動し、それらのアップデイトが完了するまで30分くらいはかかったので。
まあ、電源いれてから食事をしてシャワーでもあびるとようやく使える状態になっているという感じだった。
古いOSでそれほど強くセキュリティもかけておらず、多少怪しげなサイトにもアクセスしてはいたので。
もしかすると、ウィルスに感染してたかもしれないが。
幸い実害にはあわなかった。
あまりにスペックが低すぎて、しかもかなりの低速回線でのネットアクセスだから。
ウィルスすら満足に動けなかったのかもと思ったりもする。

しょうけらは。
庚申待に関連した妖怪であるとも言われるようだ。
庚申待とは三尸と呼ばれる虫が庚申の夜に天に昇って天帝にひとの行いを報告するのを防ぐために。
一晩寝ないで過ごす行事のようだが。
一説によると、その三尸が姿を変えたのがしょうけらなのだそうな。
おれはこの三尸、あるいはしょうけらから。
ボットやスパイウェアと呼ばれるものを想像する。
言ってみればスパイウェアがパソコンの中に潜んで情報を収集してサーバーに送り込むように、三尸はひとの体内に潜んで情報を収集して天帝に報告するということだ。
では、情報とは何だろうかというと。
おれは、ひとの生きていこうとする力と同等のものと感じてしまう。
例えば性の営みをとってみると。
それは情報系を二系統に分散化して、エラーの出現率を抑えながら、子孫へと遺伝情報を伝えていくという行為なので。
性と生は密接に情報と絡んでいるように思う。
さて、いつものように妄言になるのだが。
ラプラスの鬼は、いうなれば全ての情報を掌握してあらゆることをシミュレート可能な存在ともとらえることができる。
ラプラスの鬼のような存在からすると、この世で起きる出来事は予め定められたこととなるのだろうが。
おれはしかし。
たとえ決定づけられていることであろうとも。
そこに至るプロセスで情報の生成(まあ、あらゆるレベル、つまりミクロやマクロのレベルでの進化)を前提とするのであれば、つまりノイズやカオスからの意味の生成を必要とするのであれば。
たとえ決まっていることであろうとも。
おれたちの、欲望と意思がそこに添えられなければ。
決して実現するものではないような気がするのだ。
では、三尸は何を吸い上げ天帝に報告していたのかというと。
おれたちの下意識にあるノイズやカオスが仄暗い闇の中でそっと呟き生成する。
欲望の吐息を吸い上げて空へ昇っていったのだと。
おれはそう思ったりもする。

おれは一時期生への意欲を失っていたころもあった。
多分低スペックのパソコンではウィルスですら満足に動けなかったのではという想定からすると。
おれの中の三尸はおれの欲望の吐息を満足に吸い上げることができなかったので。
おれは天帝に殺されることもなく、生き長らえてしまったのかと思う。
だから今ではこう思う。
懸命に生きることを欲するものにこそ。
恩寵としての死はあたえられるのであろうと。
死を望むなら。
まず生き尽くすこと。
そんなふうにも思う。