百物語 五十二回目「ぬらりひょん」

10年ほど前の話である。
都心近くに住んでいたが、その近くに大きな商店街があった。
休みの日、時間があると夕暮れ時にその商店街を歩いたりする。
いわゆる、逢魔ヶ刻。
西のそらは紅く染め上げられ。
地上は黒い水が澱むように、闇が沈んでくる。
そんな時間に。
徐々に、紅や青、黄色い灯がともりはじめ、薄っすらと闇を押しやって。
色とりどりの食材や、雑貨、布地をほんのりと浮かび上がらせる。
慌しく、少し浮ついた気配のただよう、その時間をただ目的もなくぼんやりと商店街を歩いてゆく。
ひとびとは、夜の河の流れのように影となって通り過ぎてゆき。
夕闇は。
ひとびとから顔を奪い、影のように変えていった。
それは不思議な。
魔術的な時間のできごと。

ぬらりひょんとは。
妖怪の総大将と呼ばれたりもする。
それは、最近になってつくりあげられた話であって。
そもそもの伝承には、そんなことは語られていなかったらしいが。
まあ、妖怪なんて民間伝承の中から生まれおちたものなんだから、その形成が現代の伝承だろうが、中世の伝承だろうがどうでもいい気はするのだけれど。
そもそもは。
瓢箪鯰のような妖怪で。
のっぺらぼうの類のように。
顔のない影だけのような。
捕らえどころのない、それこそ、ぬらりとした妖怪であったようで。
それはもしかしたら。
あの逢魔ヶ刻のひとたちみたいに影となり慌しく行き交う中に。
飄然と紛れ込んだ。
名も無く顔も無く。
ぬらりしたしたものがいたので。
それを妖怪と名づけたのだろうかなどと。
そんなふうに思うのだが。

おれはなぜか若いころ、ぬらりひょんと呼ばれていた。
多分水木しげるがマンガの中で描いたぬらりひょんがえげつないやつだったので。
それにあやかってつけられたのかもしれず。
まあ、恐れ多いことに妖怪の総大将としての名をいただいていたが。
どちらかといえば。
おれがぬらりとして。
顔も持たず。
こころも持たず。
闇の中に溶け込んで。
何ものでもなく。
何ものでもありうるような。
そんなひとだったから、そう呼ばれたのかもしれないな。
と、今にしてみると思ったりする。

 

 

 

にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村