百物語 二十九回目「綱渡りの夢」

おれはかなり綱渡りの人生を歩んでいる気がすることもあるが。
これはそういうことではなく。
子供のころの夢の話だ。
子供のころは、よく熱をだしたらしい。
一度大病したらしく、その後よく熱をだすようになったと聞かされたが。
正直あまりはっきりした記憶はない。
おとなになってから、扁桃腺が大きくてよく発熱する体質と医者から言われたことがあり。
未だに年に数回は高熱がでる。
今は熱がでても夢をみることなどない。
けれど、発熱したときに子供のころは決まってみる夢があった。
それが、綱渡りの夢だ。
あまり子供のころの記憶はないのだが、妙にその夢だけは記憶に残っている。

もちろん。
綱渡りを現実にやったことがある訳でもなく。
現実の綱渡りとは、全く違うものであろうと思う。
もしかすると熱で三半規管が狂ってくらくらするため、そんな夢をみたのかもしれない。
夢の中で渡っているのは、ロープではなく。
おそらく金属のワイヤーである。
とても細く。
とても冷たい。
回りは闇ではないが、なにかが見える感じではなく。
見えてはいるのだが、見えていないような。
それはつまり、剥き出しとなった混沌であり。
見ても理解できぬもの、見てもこころにとどかないものだったようだ。
その混沌の中を綱渡りする。
そこは高さも低さも、そして距離も定かではないようなところなので。
おそらく落下するということは考えられなかったのだが。
けれどおれはその得体の知れないカオスな場所から、ワイヤーを伝って脱け出そうとしていたらしく。
そのワイヤーから墜ちたときには、カオスに呑み込まれてゆき。
おそらくは、カオスの一部になったのだろうと思う。

おとなになってから。
なぜあのような夢を見たのだろうかと思うことがあり。
色々考えた結果。
あれは産まれる前の記憶を、想起していたのではないかと、思うようになった。
ひとはどこかで。
ものから生き物へと。
生き物からひとへと。
生成変化を遂げるのだと思うのだが。
おれはそのまだ生き物とはなっていないものから。
ひとつの生き物へと変化していくときの記憶を。
辿っていたのではないかと。
そう思ったりする。

 

 

 

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