百物語 四十三回目「妖魔」

ずっと昔、僕はそのおんなと夜を幾度か過ごした。
一緒に暮らしていたわけではないけれど。
おんなは僕とともに夜を渡った。
僕は殆どしゃべることは無かったので。
おんなは僕にいつも話しをねだった。
僕は。
いつか書こうと思っている物語の断片を女に語った。
口付けをした相手を物の怪に変えてしまう王女の話や。
ライオンと共に暮らす、真紅の髪の少女の話を。
僕はとつとつと思い出すように語った。
おんなは満足したのか判らなかったが。
黙って聞いて感想をいうことも殆ど無かった。
ただ。
その妖魔の話のときだけは。
一言もらしたのだけれど。
それは大体こんな感じの話だったと思う。

「王子は若く美しかった。
 ある日王子は森へと迷い込み。
 妖魔と出会った。
 王子は妖魔と出会ったことすら気づかなかったけれど。
 妖魔はこころに刃を突きたてられたような痛みをおぼえ。
 あまりの苦しさのあまり。
 王子の城へとゆく。
 その夜。
 闇が吼え、血が沸き立った。
 妖魔は殺した。
 王子の父である王を。
 王子の母である女王を。
 王子の姉である王女を。
 騎士たち。
 城は一夜にして廃墟となり。
 美しいかった王子は片腕と片目を失い無残な姿となり。
 森をさ迷い続けることになる。
 妖魔を捜し求めて。
 やがて幾年も過ぎた後妖魔を見つけ出すと。
 王子は妖魔を殺すのだけれど。
 妖魔はこう語ったという。
 おまえはあたしだけを求め、あたしのことだけを考え、
 あたしだけを見つめ続けた。
 おまえはあたしのものになった。
 おまえは今こうしてあたしを殺し。
 あたしはおまえのものになる」

おんなはそれを聞き終えて。
「その妖魔はあたしだわ」
と言うと満足げに微笑んだ。
やがてそのおんなは僕を殺しにくるのだけれど。
それはずっと後の話となる。

 

 

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