百物語 三十三回目「ニンゲン、ヒトガタ」

学生時代の話である。
それは、夏が終わり秋がはじまったばかりのころだったように思う。
なぜか海辺でバーベキューをしようという話になったのだが。
より集まったおれたちは、皆手ぶらだった。
当然バーベキューセットもないし、どこへゆくというあてもない。
とりあえず、レンタカー屋で車を借りて海へ向かった。
海の近くのスーパーでガスコンロと肉を買えばいいだろうということになったのだが。
結局どこに行くとも決めないまま、ただひたすら海へと向かった。
おれたちは。
何をするという気でもなかったのかもしれない。
どこへゆくという気でもなかったのかもしれない。
ただひたすら、どこでもない場所へ向かって。
なんの目的もないまま。
走り出してみたかったのかもしれない。
途中で雨が降り出した。
海岸についたものの。
雨が降っており。
スーパーなど、どこにもみあたらず、時折漁村があるばかりの場所で。
おれたちはとりあえず、海岸に降りてみた。
そらは銀灰色の雲に被われており。
うみも銀灰色に染め上げられており。
そのただひたすら金属質に鈍く輝く灰色のうみとそらを繋ぐように。
幾千幾万もの針みたいな雨が降り続けて。
おれたちは。
何か全てがその景色の中へ溶け込んでゆき。
ああ、全てがもう、その金属質の灰色に埋め尽くされてゆくような。
ああ、全てが鈍く輝く灰色に、溶かされて同化してゆくような。
そんな景色をただただ呆然と見つめていたものだった。

ニンゲン、ヒトガタはこれもまた2ちゃんねるで語られた都市伝説であり。
いわゆるUMAとよばれる未知の巨大生命体である。
ニンゲンは南極にいると語られており。
ヒトガタは北極にいると語られている。
その姿は一見氷山とそう変わらない、氷の塊としてしか見えないのだが。
確かにそれにはひとと同じ手が。
そして足が。
ぬらぬらとした皮膚を持つひとと同じ形をした四肢があるという。
極地の観測隊は当たり前のようにその存在を知っているが。
それを報告することにより、観測報告の信憑性を疑われるため。
決して公に報告をあげることはしないという。
神話学者のミルチャ・エリアーデは、神話に登場する英雄が往々にして身体的欠損や身体的余剰を持っていることを指し。
それは英雄が原始の世界が生成される前のカオスを呼び覚ます存在であるためだとしている。
異形の存在はそれが不完全ないし過剰であることから。
容易に始原の混沌と繋がることができる。
UMAもまた。
その異形の姿により、原始の混沌を呼び覚ます。
ニンゲン、ヒトガタが漂っているその海は、ただの海ではもちろんなく。
全てが溶けさり、未分化の、そう蛹の中みたいにどろどろと全てが形を失って渦巻く。
そんな始原の混沌の海へと。
変えてゆくのだと思う。

おれたちは、その後海岸を立ち去り、夜になって街へ帰ってくると。
スーパーで肉を買って無理やり先輩の下宿へ乗り込んで。
先輩のガスコンロを使って、焼肉パーティーをすることになった。
「なんなんだ、お前ら」
と先輩はこぼしていたが。
おれたちはもちろん何ものでもなく。
どこにもいくところはなく。
半分溶けかけた。
混沌とこの世を行き来する半端な連中だったと。
そんなふうに思うのだ。

 

 

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