百物語 三十二回目「コトリバコ」

それは、30年くらい前の話。
古い家に住んでいた。
戦後間もないころに建てられた家。
その家にある離れに住んでいた。
その離れは。
どこか閉ざされた場所であった。
通りには面しておらず。
片面は雑木林じみている庭と、母屋の裏手に囲まれ。
その裏側は、地面より低い位置にあるため、垂直の土手に面しており。
どこか四方を封じ込められているといった感じだったのだが。
さらにその二階にある物置は。
階段梯子をかけて、天井板を外して入るのだが。
階段梯子を外してしまうと、出入りできない封印された空間になり。
屋根裏の中は、窓も無く裸電球がつるされたきりの、昼でも薄暗い場所で。
そこには、とてもとても沢山の。
箱があった。
その多くは木の箱で。
その閉ざされた空間のさらに閉ざされた無数の箱には。
一体何が封じられていたのだろうと思うことがあるのだが。
一度も開いてみたことはない。

コトリバコは、これもまた2ちゃんねるで語られた都市伝説であるが。
どこともしれぬ地方都市で、伝奇小説ふうの物語が展開される。
いわゆる、物語としての体裁を強くもっており。
その核となる物語に様々な異譚や関連する伝承が紐付けられ。
ひとつの巨大なオブジェとなったのだが。
核となるのは、ひとつの箱である。
閉ざされた木の箱には。
蟲毒のように。
純粋培養された負の思念が封じられているという。
伝奇ではよくある存在だが。
閉ざすということ自体が。
その内部に様々な妄想、幻想を呼び込むことは、よくあるものだ。
ただ。
逃げるためには、檻を造らねばならないという言葉があるように。
閉ざされることにより生み出される、むしろ外部にこそ。
おれは、目を向けてしまう。
閉ざすことは、内部を生むと同時に外部も生み出し。
むしろその外部にこそ、思念は向かうのだろうが。

おれの住んでいた古い家はもうない。
離れのあった土地は、今では駐車場となっている。
おれはそこから逃げ出すことを願っていたが。
おれはその閉ざされた場所の外部へと逃げ出すことの出来ぬまま。
内部のほうが先に。
腐敗して崩れ落ちてしまった。

そんなふうな思いを消し去ることができない。

 

 

 

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