百物語 五十九回目「高く孤独な道」

僕は、その高い塔の上から、夜のそらを見上げていた。
傍らにはあなたいて。
穏やかな笑みを浮かべている。
黒い幕を貼ったような夜空に、突然いくつもの亀裂が走った。
亀裂の奥には、ビロードのような夜空よりさらに深く、濃い闇がのぞいている。
それは何物にも形容することができないような、虚無であり。
この世の終わりを思わすような、深い闇であった。
僕は驚き、不安を感じてあなたの腰に手を回し、ぎゅっと抱きよせたのだけれど。
あなたは平然と、何か面白がっているかのような笑みを浮かべて、手を夜空に向かって伸ばしてみせる。
「ほら、始まるよ」
あなたの指し示す、夜空の裂け目からひらりひらりと。
花束が落ちてきた。
深紅の薔薇のような花束が。
幾つも幾つも。
暗い海の中を遊杙していく紅い魚のように。
ひらりひらりと、しんと張り詰めている夜の空気の中を泳いでゆき。
昏い大地の上へと、降り注いでゆく。
空に無数にできた裂け目から、まるで深紅の雪が降り注いでいくように、地上へと紅い花束が積み上がっていった。
それは、地上から焔が天空へ向かって伸びてゆく様のようであり。
暗い夜空を無数の火が焼き焦がしているようであった。
あなたはまるで、面白がっているように、薔薇色に頬を染めながら。
桜色の花びらのような唇を歪めて笑みを浮かべている。
気がつくと、夜の闇の中に山が聳えていた。
それは、黒い巨神のようであり。
そしてその頂きの部分は燃え上がっているように、紅い花で埋め尽くされていた。
僕はあなたを抱き締めようとしたが、あなたは笑いながら身をはなし。
足元を指差した。
そこには、赤く身を捩らせてゆく蛇のような道が。
黒い闇の中に延びている。
「ちゃんとできてるじゃあないの」
僕は蒼ざめた顔であなたを見つめる。
あなたは、緩やかに笑ってみせると、その道に向かって足を踏み出す。
高い闇の中に聳えている山の深紅に染まった頂へ向かって歩きだした。
大輪の咲き誇る花のように美しい笑みを浮かべたまま。
そして。
僕もまた。
あなたの後ろへ続き。
赤い高く孤独な道へ向かって。
一歩踏み出す。

 

 

 

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