百物語 八十五回目「童子切」

7年ほど前になるだろうか。
住んでいる近くに文士村というところがあった。
由来はよく知らなかったのだが。
夜になると、どこか濃い闇を湛える場所だったように思う。
おれは、よくその夜の街を歩き。
レンタルDVD屋にゆくのに。
くらやみ坂といわれる通りを抜けていった。
まあ、普通の街ではあるが闇はどこか液体のようにあたりを満たしていた気がする。
近くには桜の咲く通りもあり。
どこか熱に浮かされたような浮ついた闇が支配するその通りを。
深夜にひとり歩いたものである。
そのころ、お守りとしてナイフを持ち歩いていた。
まあ、ナイフというにはいまひとつの、単に鉄のプレートにエッジを立てただけのブレードがついている、ツールキットみたいなものだったのだが。
そのナイフもひとにあげてしまって手元にはなく。
あの夜に歩き回った闇に浸された街も。
なんだか今となっては夢の中のできごとのように思う。

童子切とは。
太刀銘安綱という国宝の日本刀である。
死体を斬る試し斬りで六体の死体を切り落とし、さらに死体を置いた台まで斬ったというので恐ろしいほど切れた刀なのであろうと思う。
国宝である。
源頼光酒呑童子を斬るときに使った刀であるという伝説を持ち。
それが童子切という名の由来のようである。
そうした伝説を纏う日本刀は多い。
例えば雷切りや鬼切りという刀もある。
また、侍というものも、平安のころは兵士という面とは別に、そうした物の怪やかみの類を退治するものとしての面も持っていたように思う。
そうした呪術師的な側面はのちに武芸者たちに受け継がれていくことになる。
おに、とは。
隠、つまり「おん」が転じたとされており。
それは「もの」と同様に目に見えぬものを指す言葉であったようだが。
人型に転ずるものが「おに」と呼ばれるようになったらしい。
目に見えぬということは、おそらく局所実在する以前の、つまりコヒーレントな重なり合った潜在的な状態で存在する、場の性質のようなものであるとも言える。
目に見えぬものつまり、潜在性であると思えるのだが。
それを退治するのに、なぜ日本刀のように鋭利な刃が必要であったのかという問題がでる。
戦場では鋭利な刃物は必要とされない。
西欧の剣はもっと判りやすく、鉄の棍棒に鋭い切っ先をとりつけたむしろ実用的な面を強調したものになっているが。
日本刀は実用性を全く無視した切れ味を持っており。
そもそもそれは、武器であるとは到底思えない。
まぎれもなく、呪具としての役割を担っていたように思う。
鋭い切っ先は。
「もの」や「おに」のように隠されたものを潜在性から切り出し、局所実在の地平へと取り出すためのものだと思える。

おれは。
今でもたまに夜に彷徨うことがあるのだけれど。
「おに」の気配を感じるようなこともなく。
ただ闇が横たわるのを見るばかりであるのだが。
あのくらやみ坂や。
桜並木をふと懐かしく思ったりもする。