百物語 三十六回目「天国と地獄」

それは5年ほど前のこと。プロテスタントの牧師と話をしたときのことである。おれは前々から聞いてみたいと思っていたことを、牧師に訊ねてみた。それは。「イエスは死んで生き返ったということは、今もどこかにいるのですよね。どこにいてるのでしょう?」…

百物語 三十五回目「サイン」

学生のころの話である。おれたちは、学生会館の一室をアトリエとして借り受けて、そこで作品制作を行っていた。そのアトリエは結構広い場所であったが。なぜか、大量の廃材が置かれてあり。おれは、意味もなくそこで廃材を叩き壊したり、角材を振り回してへ…

百物語 三十四回目「転移、逆転移」

学生のころの話。絵を描いていた。描くだけではなく、ときおりグループ展と称し画廊を借りたりしていた。もちろん、美大でもない学生の描く絵など見にくるひとは殆どおらず。画廊にいても、暇なばかりだったので。色々馬鹿な話をしていた。例えば。そのころ…

百物語 三十三回目「ニンゲン、ヒトガタ」

学生時代の話である。それは、夏が終わり秋がはじまったばかりのころだったように思う。なぜか海辺でバーベキューをしようという話になったのだが。より集まったおれたちは、皆手ぶらだった。当然バーベキューセットもないし、どこへゆくというあてもない。…

百物語 三十二回目「コトリバコ」

それは、30年くらい前の話。古い家に住んでいた。戦後間もないころに建てられた家。その家にある離れに住んでいた。その離れは。どこか閉ざされた場所であった。通りには面しておらず。片面は雑木林じみている庭と、母屋の裏手に囲まれ。その裏側は、地面…

百物語 三十一回目「くねくね」

それは、夏の日のことでした。盛夏とでもいうべき、燃え盛る業火のような太陽が地上を蹂躙していた日。まだ学生だったわたしは、なぜかその容赦のない日差しの元で、絵を描いていました。そこは滋賀県の湖西だったと思います。見渡す限り、ずっと田園地帯で…

百物語 二十九回目「綱渡りの夢」

おれはかなり綱渡りの人生を歩んでいる気がすることもあるが。これはそういうことではなく。子供のころの夢の話だ。子供のころは、よく熱をだしたらしい。一度大病したらしく、その後よく熱をだすようになったと聞かされたが。正直あまりはっきりした記憶は…

百物語 三十回目「ヒサルキ」

8年ほど前のことになる。そのころおれは、いわゆるデスマーチの真っ只中にいた。例えば、月曜日に出勤して金曜日に帰るような日々で。半年くらい、一日も休まず働いていた。はたからは、死のうとしているように見えたらしく。実際そう言われたこともあるの…

百物語 二十八回目「九字印」

それは30年くらい前の話になる。古い街に住んでいた。近くには、縄文期の土器が出土するような山があり。いくつもの沼地が近くにはあった。今はもう、山は崩され沼は埋められ、延々と住宅地が広がっているのだが。そのころは、色々な気を孕んだ緑や水場が…

百物語 二十七回目「夜の夢」

僕はその黒い車の後部座席に座っていた。夜の国道を黒い車は西へ向かっている。夜の街のイルミネーションは綺羅綺羅と輝きながら、左右を飛び去ってゆく。遠くに黒い壁のように山が聳えていた。カーラジオからは、定期的にそれの情報がながされている。「現…

百物語 二十六回目「文学について」

彼女は再び訪れる。 彼女は再びこの地を訪れるだろう。その両の手には荊の焔につつまれた、剣を持ち。芸術と呼ばれる駿馬に跨り。その両脇には、美と快楽という名の猟犬をうち従えて。古に、東の草原を駆ける騎馬の民が。西の古都を燎原の火が焼き尽くすよう…

百物語 二十五回目「グノーシス主義」

゛果たしてキリスト教徒を最も陰惨に迫害し、虐殺した宗派はなんだろうか。それはもう、疑う余地もなく明白である。キリスト教徒は大量のキリスト教徒を迫害し虐殺してきた。邪悪な教えを信仰したという理由で。例えば、プロテスタントはカトリックを。カト…

百物語 二十四回目「目について」

ベルクソンは、目について光という問題に対する解と語ったという。それは、複数の生物の種が異なる器官を発達させていった結果、たどりついたのが同じ目という器官であったためだ。ベルクソンは重要なのは問題を解くことではなく、問題をみいだすことだとい…

百物語 二十三回目「脳について」

アンティキティラの機械よりも古いコンピュータがあるとすれば、それはひとの脳ということになろうか。脳というものは、大変不思議な機械である。そこでは複数重なりあって存在する世界がひとつの実存に向かって収束するという出来事が行われている。量子力…

百物語 二十二回目「ジョン・ディー」

そういえば、二十年ほどまえ新聞の映画の紹介で、エリザベス女王を暗殺者の手から救うため魔法使いジョン・ディーが魔法の力で彼女を未来へ送るのだが、そこはパンクスに支配されたロンドンだったというのを読んだんだが。一体なんというタイトルの映画だっ…

百物語 二十一回目「水晶髑髏」

水晶髑髏はいわゆる、オーパーツと呼ばれるもののひとつだ。「オーパーツだって?」古代の遺跡から発掘されたものの中で、その当時の技術で造り上げることが極めて困難であるとされるものを、そう呼ぶ。「へえ、じゃあ水晶髑髏はいつの時代のものなんだい」…

百物語 二十回目「人力コンピュータ」

コンピュータを文字どおり、計算機とうけとるのであれば。例えば算盤にしても人力で動かされるコンピュータと言えなくもない。ただ、関数計算くらいはできるべきだというのであれば、計算尺といことになる。古いSF小説を読んでいると、星間文明を築き上げ…

百物語 十九回目「ヴォイニッチ手稿」

かつて、ウォルター・ベンヤミンは純粋言語という概念を提示している。思考をひとからひとへと伝えるという、おれたちが言語の役割と信じているものを。放棄してしまい、ただ言語のための言語としてのみ存在しているとされる純粋言語。もちろんそれは、ベン…

百物語 十八回目「シンクロニシティ」

はじめてユング心理学のこの概念に出会ったときには、ものごとが起きたときに働くこころの動きのことを指しているのかと思った。実際にユングの考えていたことが判ってきたのは、アーサー・ケストラーの偶然の本質を読んだくらいのころだろうか。おそらくそ…

百物語 十七回目「砂の本」

ホルヘ・ルイス・ボルヘスの綴る物語にこのようなものがあった。砂漠の中に解き放ったひとに、このように語る。「ここが、我らの迷宮だ。ここには入り口も無く出口もない。行く手を阻む壁もない」うろ覚えの記憶では、こんな感じだった。物語が始まるという…

百物語 十六回目「黒い悪魔を見たはなし」

ずっと昔、子供のころのこと。よく、悪夢を見た。そのころはまだ不安が虫の形をとるということもなくて。もっと漠然とした恐怖があったように思う。それは単純に、夢の中でどこか奥深いところへと入り込んでしまい。そこから、帰れなくなってしまうのではと…

百物語 十五回目「再び虫のはなし」

古い家に住んでいたころの話だ。兎に角木造の古い家であったせいか、色々な虫が棲んでいた。大きな蜘蛛が木の枝みたいに長い手足を伸ばして這い回り。寝ているとざわざわと百足が足元を這い回ったりするし。夏になれば網戸で蝉が脱皮をして。扇風機に蟷螂が…

百物語 十四回目「白い煙を見た話」

子供の頃のはなしである。古い街に住んでいたころがあった。戦後間もないころに建てられた家の離れがおれの部屋である。そこに住んでいたひとたちは皆亡くなっており。その後に、おれの家族が住むことになった。母屋に両親たちが暮らし、おれはひとりで離れ…

人生はデスマーチ

あたしは、相変わらずデスマーチのただ中にいた。デスレースだったら格好いいんだけれどもね。あれは狩る側、奪う側だから。デスマーチっていったらもう、あれじゃあない。旧軍のほら、飢えと疫病で苦しみながら行軍をジャングルで続けるやつ。そんな感じで…

百物語 十三回目「待合室」

僕は気がつくと、その薄暗い部屋にいた。その部屋に湛えられた闇の濃さ、そして空気の重さはそこが地下であるかのように思わせる。湿った空気、音の無い沈黙、身体を蝕むような冷気。そうしたものは、ひとつの予兆を指し示しているようだ。僕は、少しづつ目…

輝くもの天から落ち

あたしは、いつものように。死衣のような白い服を身に着けて。死神のような漆黒の着流しを着たそのおとこの腕に抱かれておりました。夜のときは、目の前に流れる大きく黒い河のようにゆるゆると。そう静に密やかにゆうるりと。流れてゆくのです。おとことあ…

百物語 十二回目「しゃれこうべ」

折角、百物語なのであるから、怪談ふうの話もしてみようと思う。 絵の師匠から聞いた話である。師匠は、しゃれこうべ、つまりひとの頭蓋骨を描いてみたいと思ったそうで。その理由は忘れてしまったのだけれど。兎に角、頭蓋骨をもっているひとがいないかあち…

百物語 十一回目「足のはなし」

左足のふくらはぎの外側。 何故か、夢の中でそこに苦痛が幾度も訪れる。似たような夢を何度となく見た。医者に不治の病を宣告され、家に帰ったあと。全身が腐り爛れてゆくなかで。真っ先に左足のふくらはぎの外側の肉がごそりと崩れ落ち。骨が露出する。そこ…

百物語 十回目「手のひらのはなし」

子供のころのはなしである。 子供の頃、季節の変わり目になると手のひらに水疱ができた。手のひらに水滴がぽつりぽつりと。落ちてくるように。あるいは。手の中から水滴がわきだしてくるかのように。ぽつり、ぽつりと。細かな泡のようなそれは。浮きだしてく…

地球最後の夜

「ボットはね、自己完結的なモジュールなんだけど、相互依存的でもあるんだ。面白いでしょ」「ええ、とっても興味深いですわ」そういいながら、言ってることがわけ判んなんいだよ、とこころの中でつっこみをいれる。「それはまあ、群態として存在していると…