百物語

百物語 三十一回目「くねくね」

それは、夏の日のことでした。盛夏とでもいうべき、燃え盛る業火のような太陽が地上を蹂躙していた日。まだ学生だったわたしは、なぜかその容赦のない日差しの元で、絵を描いていました。そこは滋賀県の湖西だったと思います。見渡す限り、ずっと田園地帯で…

百物語 二十九回目「綱渡りの夢」

おれはかなり綱渡りの人生を歩んでいる気がすることもあるが。これはそういうことではなく。子供のころの夢の話だ。子供のころは、よく熱をだしたらしい。一度大病したらしく、その後よく熱をだすようになったと聞かされたが。正直あまりはっきりした記憶は…

百物語 三十回目「ヒサルキ」

8年ほど前のことになる。そのころおれは、いわゆるデスマーチの真っ只中にいた。例えば、月曜日に出勤して金曜日に帰るような日々で。半年くらい、一日も休まず働いていた。はたからは、死のうとしているように見えたらしく。実際そう言われたこともあるの…

百物語 二十八回目「九字印」

それは30年くらい前の話になる。古い街に住んでいた。近くには、縄文期の土器が出土するような山があり。いくつもの沼地が近くにはあった。今はもう、山は崩され沼は埋められ、延々と住宅地が広がっているのだが。そのころは、色々な気を孕んだ緑や水場が…

百物語 二十七回目「夜の夢」

僕はその黒い車の後部座席に座っていた。夜の国道を黒い車は西へ向かっている。夜の街のイルミネーションは綺羅綺羅と輝きながら、左右を飛び去ってゆく。遠くに黒い壁のように山が聳えていた。カーラジオからは、定期的にそれの情報がながされている。「現…

百物語 二十六回目「文学について」

彼女は再び訪れる。 彼女は再びこの地を訪れるだろう。その両の手には荊の焔につつまれた、剣を持ち。芸術と呼ばれる駿馬に跨り。その両脇には、美と快楽という名の猟犬をうち従えて。古に、東の草原を駆ける騎馬の民が。西の古都を燎原の火が焼き尽くすよう…

百物語 二十五回目「グノーシス主義」

゛果たしてキリスト教徒を最も陰惨に迫害し、虐殺した宗派はなんだろうか。それはもう、疑う余地もなく明白である。キリスト教徒は大量のキリスト教徒を迫害し虐殺してきた。邪悪な教えを信仰したという理由で。例えば、プロテスタントはカトリックを。カト…

百物語 二十四回目「目について」

ベルクソンは、目について光という問題に対する解と語ったという。それは、複数の生物の種が異なる器官を発達させていった結果、たどりついたのが同じ目という器官であったためだ。ベルクソンは重要なのは問題を解くことではなく、問題をみいだすことだとい…

百物語 二十三回目「脳について」

アンティキティラの機械よりも古いコンピュータがあるとすれば、それはひとの脳ということになろうか。脳というものは、大変不思議な機械である。そこでは複数重なりあって存在する世界がひとつの実存に向かって収束するという出来事が行われている。量子力…

百物語 二十二回目「ジョン・ディー」

そういえば、二十年ほどまえ新聞の映画の紹介で、エリザベス女王を暗殺者の手から救うため魔法使いジョン・ディーが魔法の力で彼女を未来へ送るのだが、そこはパンクスに支配されたロンドンだったというのを読んだんだが。一体なんというタイトルの映画だっ…

百物語 二十回目「人力コンピュータ」

コンピュータを文字どおり、計算機とうけとるのであれば。例えば算盤にしても人力で動かされるコンピュータと言えなくもない。ただ、関数計算くらいはできるべきだというのであれば、計算尺といことになる。古いSF小説を読んでいると、星間文明を築き上げ…

百物語 十八回目「シンクロニシティ」

はじめてユング心理学のこの概念に出会ったときには、ものごとが起きたときに働くこころの動きのことを指しているのかと思った。実際にユングの考えていたことが判ってきたのは、アーサー・ケストラーの偶然の本質を読んだくらいのころだろうか。おそらくそ…

百物語 十七回目「砂の本」

ホルヘ・ルイス・ボルヘスの綴る物語にこのようなものがあった。砂漠の中に解き放ったひとに、このように語る。「ここが、我らの迷宮だ。ここには入り口も無く出口もない。行く手を阻む壁もない」うろ覚えの記憶では、こんな感じだった。物語が始まるという…

百物語 十六回目「黒い悪魔を見たはなし」

ずっと昔、子供のころのこと。よく、悪夢を見た。そのころはまだ不安が虫の形をとるということもなくて。もっと漠然とした恐怖があったように思う。それは単純に、夢の中でどこか奥深いところへと入り込んでしまい。そこから、帰れなくなってしまうのではと…

百物語 十五回目「再び虫のはなし」

古い家に住んでいたころの話だ。兎に角木造の古い家であったせいか、色々な虫が棲んでいた。大きな蜘蛛が木の枝みたいに長い手足を伸ばして這い回り。寝ているとざわざわと百足が足元を這い回ったりするし。夏になれば網戸で蝉が脱皮をして。扇風機に蟷螂が…

百物語 十四回目「白い煙を見た話」

子供の頃のはなしである。古い街に住んでいたころがあった。戦後間もないころに建てられた家の離れがおれの部屋である。そこに住んでいたひとたちは皆亡くなっており。その後に、おれの家族が住むことになった。母屋に両親たちが暮らし、おれはひとりで離れ…

百物語 十三回目「待合室」

僕は気がつくと、その薄暗い部屋にいた。その部屋に湛えられた闇の濃さ、そして空気の重さはそこが地下であるかのように思わせる。湿った空気、音の無い沈黙、身体を蝕むような冷気。そうしたものは、ひとつの予兆を指し示しているようだ。僕は、少しづつ目…

百物語 十二回目「しゃれこうべ」

折角、百物語なのであるから、怪談ふうの話もしてみようと思う。 絵の師匠から聞いた話である。師匠は、しゃれこうべ、つまりひとの頭蓋骨を描いてみたいと思ったそうで。その理由は忘れてしまったのだけれど。兎に角、頭蓋骨をもっているひとがいないかあち…

百物語 十一回目「足のはなし」

左足のふくらはぎの外側。 何故か、夢の中でそこに苦痛が幾度も訪れる。似たような夢を何度となく見た。医者に不治の病を宣告され、家に帰ったあと。全身が腐り爛れてゆくなかで。真っ先に左足のふくらはぎの外側の肉がごそりと崩れ落ち。骨が露出する。そこ…

百物語 十回目「手のひらのはなし」

子供のころのはなしである。 子供の頃、季節の変わり目になると手のひらに水疱ができた。手のひらに水滴がぽつりぽつりと。落ちてくるように。あるいは。手の中から水滴がわきだしてくるかのように。ぽつり、ぽつりと。細かな泡のようなそれは。浮きだしてく…

百物語 九回目「公園で蛇を見る」

それは、まだ、小学校へいく前のことである。まだ大阪の北の端へは行っておらず、そこから淀川を渡った向かい側、淀川の南側にある街に住んでいたころのことだ。 おれの一番古い記憶。おそらく3才くらいの頃のできごとである。当時、世界は何やらふわふわと…

百物語 八回目「山の中で犬と遭う」

それは、小学生だったころの話。 おれは、大阪のずっと北のほう、歩いて京都との境まで行けるようなところに住んでいた。かなりの田舎だったかというと。そんな感じの土地でもなく、ごく普通の住宅地であった。それは山の一角をとり崩したような土地であり。…

百物語 七回目「土地の精霊に嫌われる」

まだ、おれが学生時代のことである。 当時、おれはI市の隣の市に住んでいた。I市には、絵の師匠が住んでいて、おれは絵の師匠の元へ定期的に通っていた。まあ、今もそうなのだけれども当時は土地には土地の精霊が存在しており。その土地を訪れると、その精…

百物語 六回目「天使の羽を持つひとと会う」

15年ほど前の話となる。 そのころおれは、この島国のいたるところを渡り歩いていた。バブルが崩壊したとはいえ、まだ今ほど経済は壊滅的なところまで来てなかったので。地方でもまだそれなりに仕事がとれたし、仕事のあるところにはどこにでも行った。当時…

百物語 五回目「亡くなったひとと会う」

それはやはり10年近く前の話となる。 あれは母親が死んでから一年くらいがたった時期であり。母親が入院していたころは地元に戻っていたが、母親が死んでまもなく都心へと戻ることになった。その当時、仕事していた場所は本当にこの島国の中心地に近い場所…

百物語 四回目「神のすまう場所をとおりすぎる」

それは10年近く前の話となる。 おれは、百段坂を登りきったあたりに住んでいた。百段坂は元々その名のとおり、段々となった坂であったらしい。しかし、今では舗装され平らで長く急な坂道となっている。その坂を登りきったあたりの安アパートで、おれはひと…

百物語 三回目「路地裏で、途方も無いはなしをする」

数年前のことである。 夏のことだった。それこそ、日差しが幾千もの刃となって地上を蹂躙しているような。そんなふうな、残酷で苛烈な夏だった。おれは犬のように喘ぎながら、地下鉄の階段から地上に這い出すと赤坂の近くにある仕事場に向かっていた。過酷な…

百物語 二回目「三人目のひと」

少し前の話になる。 閉ざされた箱のような、こころからあふれ出す色で全てを塗りつぶせるような小さな部屋で。眠りと覚醒の狭間にある酷く細い隘路をゆらゆらとゆれるように行き来しながら。その部屋であいするひとを腕の中に抱いていた。そこは闇ではなく、…

百物語 一回目「虫」

おれは、もともと霊感は皆無だ。 霊の存在を感じることはない。 けれども半世紀近く生きていると、奇妙と思える体験をすることもある。 昨日の夜のことだ。 元々、おれの中には様々な不安と恐怖がある。 それは具体的な生活と繋がっている場合もあるが。 そ…