百物語

百物語 六十三回目「山童」

子供のころの話である。住んでいた街は、山に囲まれていた。家の前は坂道で、そこを下ってゆくと川があり。その川を渡ると山である。山へ入って遊ぶことはよくあったのだろうとは思うのだが。不思議なことに山の中の記憶はあまりなく。その入り口となる場所…

百物語 六十二回目「ふらり火」

中学生のころの話である。それは、秋のはじまりくらいの出来事であった。文化祭が間近にひかえており。生徒会の役員を諸般の事情からやるはめになっていたおれは。既に陽が落ちて闇につつまれていた学校の校舎にひとり残り。文化祭に向けての雑務をこなして…

百物語 六十一回目「野狐」

数年前の話である。住んでいるところの近くに、それなりに有名らしい密教の寺院があるのだが。その寺院が何年かに一度、秘蔵の本尊を公開することがあり。まあ、せっかくだから見に行ってみようと思い、その寺まで行ってみた。思ったより大きな寺院であり。…

百物語 六十回目「犬神」

学生のころの話である。おれと、うそをつくのが好きな彼と。哲学好きの後輩と三人で話していた。「僕は、全てのことを説明できますよ」哲学好きの後輩は、こう言った。「ほう」おれは、彼と目を見合わせ、まあそういうものかと頷いたのだが。彼は表情を無く…

百物語 五十九回目「高く孤独な道」

僕は、その高い塔の上から、夜のそらを見上げていた。傍らにはあなたいて。穏やかな笑みを浮かべている。黒い幕を貼ったような夜空に、突然いくつもの亀裂が走った。亀裂の奥には、ビロードのような夜空よりさらに深く、濃い闇がのぞいている。それは何物に…

百物語 五十八回目「見越し入道」

中学生のころの話である。おれの通っていた中学は兎に角アナーキー&バイオレンスな学校だったので。まあ、おれの性格の悪さも災いしてか。やたらと殴られた。虐めにあっていたという自覚はあまりなかったというか。まあ、学校というのはそんなもんだろうと…

百物語 五十七回目「一つ目坊」

学生時代の話である。おれは、嘘をつくのが好きな彼と話ていた。「おまえ、眠たそうやな」彼の言葉に、おれは答える。「夢見が悪かったんだよ」「夢なんか見るのか。 どんな夢なんや」「いや、それが」多少、ここに書くには憚れる内容の夢なのであるが、詳細…

百物語 五十六回目「ドラゴン」

高校生のころの話である。大阪市立美術館は、天王寺公園の中にある。今では有料化され、普通の公園になったが。30年前にはかなりカオスな場所であった。昼間から、酒をくらい、歌をうたって、踊り続ける。そんなひとたちが、たむろしている場所であり、素…

百物語 五十五回目「えびす」

15年ほど前のことである。一時おれは職を離れ。日々を無為に過ごしていた。一日の大半を誰とも会わず、誰とも口をきかず。どこかに居つくこともなく。ただただ、漂泊の毎日であった。そのときは時間をつぶすため、あちこちを訪れた。主に図書館。それ以外…

百物語 五十四回目「付喪神」

高校生のころの話である。絵の師匠のアトリエには色々なものがあったが。中には、名状の付けがたいものがあった。例えば。螺旋を描く棒状のもので、虹のように様々な色彩が彩色されているもの。アクリル絵の具でおそらくクリスタルバーニッシュかなにかでつ…

百物語 五十三回目「真白き花と星の河」

夜は黒いビロードのように、世界を覆っていた。その優しく滑らかな夜空の黒い幕に、無数に開けられた穴のような白い星々が輝いている。僕は、黒に黒を塗りつぶしたような夜を歩いていた。気がつくと、白い花が咲き乱れているような。あるいは、真白き骨の破…

百物語 五十一回目「人狼」

15年ほど前のこと。おれの仕事場は地下にあった。そこは、当然窓はなく人工の照明のみで、温度調節も空調のみなので。外の気配は知るよしもなかった。そんな場所なので、ただひたすら仕事をする以外にどうしようもなかったのだが。昼も夜も。季節も感じる…

百物語 五十回目「進化」

高校生のころの話である。おれは、絵の師匠の元へ通っていたが。時折、食事をご馳走になることもあった。ある日の夕食後、居間でこのような話をした。「生物の進化というものは不思議ですね。適者生存といいますが、より環境に適応したものが生き残っていく…

百物語 四十九回目「村正」

大体3年ほど前のことになるだろうか。その街は、多少古い町並みを保存しているらしかったが。まあ、古い商店街や昔ながらのお寺があったりする、ありふれた街ではあったのだけれど。街全体を、博物館ということにしているらしくて。ただの和菓子屋とか新聞…

百物語 四十八回目「くだん」

5年ほど前の話である。赤坂のあたりで仕事をしていた。おれは、5人ほどのチームのリーダーであり、例によってデスマーチの真っ只中であった。「今呼ばれて、スコップを渡されました」「何だよ、それ」「それで、足元に穴を掘れって言われました。その後穴に…

百物語 四十七回目「サイコパス」

学生のころの話である。周りのひとたちから聞いたところによると。おれは常に不機嫌そうな顔をし、口を開けば冷笑を浮かべながら辛辣なことを言うひとで。まあ、簡単に言えば実にいやなやつということなのだが。そのおれが唯一楽しそうにすることがあった。…

百物語 四十六回目「ジル・ド・レエ」

学生のころの話である。おれは、はじめて小説をひとつ書き上げた。当時笠井潔の作家の行きつくところは自殺か政治家という言葉を知っていたわけではないが、文学というものにできるだけ関わりたくなかったおれとしては奇妙なことをしたものであるが。自作の…

百物語 四十五回目「エリザベート・バートリ」

学生のころの話である。よく、先輩の下宿にいりびたっていた。そこは、幾人かが常時いる感じでおれたちがたむろする場所と化していた。先輩はいいひとなので。たまに。「カレー作ったけど食うか?」とか言ってカレーをご馳走してくれたり。酒を持っていくと…

百物語 四十四回目「ヴラド・ツェペシュ」

25年ほど前の話。そこは梅田にある小さな居酒屋であった。おれたちは既にかなり杯を重ねていて。酩酊というところまではいってなかったかもしれないが。それなりに酔ってはいた。どうしてそういう話になっていったのかは、よく覚えていないが。彼はこう言…

百物語 四十三回目「妖魔」

ずっと昔、僕はそのおんなと夜を幾度か過ごした。一緒に暮らしていたわけではないけれど。おんなは僕とともに夜を渡った。僕は殆どしゃべることは無かったので。おんなは僕にいつも話しをねだった。僕は。いつか書こうと思っている物語の断片を女に語った。…

百物語 四十二回目「仮面」

学生時代の話。嘘をつくのが好きな友人がいた。彼は、嘘をついているときにはとても楽しそうにしていた。だから。嘘をついているときには、すぐに判る。彼は、言葉を操り。束の間の仮想現実の中で、僅かばかりの享楽を得る。反対に。真実を語るときには、と…

百物語 四十一回目「ローゼンクロイツ」

学生時代のころ。ヨーロッパで荷物を財布ごと盗まれて文無しになったやつが。なぜかロシアを横断してこの島国まで帰ってくることができて。どうもそいつは、秘密結社であるローゼンクロイツに加入しているという噂があり。哲学科の学生なのに教授からは相手…

百物語 四十回目「呪詛」

十数年前のことになる。そのころは、移動するのによく飛行機を利用していた。今ではまずやらないのだけれど。東京-大阪間でも普通に飛行機を使っていた。その日。珍しく、夏の夕暮れに大阪へと向かっていた。飛行機の窓から見える景色は、どこか現実離れし…

百物語 三十九回目「夜を歩く」

僕らが辿り着いたのは、とても小さな駅だった。僕とあなたは、夜の闇に浮かんだ白い孤島のようなプラットホームから降りると。銀色の雨が降る夜道へと歩みだす。僕らは記憶をたどるようにして。そう、古い古い記憶をたどってゆくようにして、銀色に輝く雨の…

百物語 三十八回目「見つめる瞳」

子供のころの話である。家の裏手には庭があったのだが。あまり手入れのされていない、サヴェージ・ガーデンといった感じの庭であった。一度その庭で竜巻がおこったことがあり。親は小さな池を造って、竜巻を防止した。おれはその池に蛙をつれこんだので。夏…

百物語 三十六回目「天国と地獄」

それは5年ほど前のこと。プロテスタントの牧師と話をしたときのことである。おれは前々から聞いてみたいと思っていたことを、牧師に訊ねてみた。それは。「イエスは死んで生き返ったということは、今もどこかにいるのですよね。どこにいてるのでしょう?」…

百物語 三十五回目「サイン」

学生のころの話である。おれたちは、学生会館の一室をアトリエとして借り受けて、そこで作品制作を行っていた。そのアトリエは結構広い場所であったが。なぜか、大量の廃材が置かれてあり。おれは、意味もなくそこで廃材を叩き壊したり、角材を振り回してへ…

百物語 三十四回目「転移、逆転移」

学生のころの話。絵を描いていた。描くだけではなく、ときおりグループ展と称し画廊を借りたりしていた。もちろん、美大でもない学生の描く絵など見にくるひとは殆どおらず。画廊にいても、暇なばかりだったので。色々馬鹿な話をしていた。例えば。そのころ…

百物語 三十三回目「ニンゲン、ヒトガタ」

学生時代の話である。それは、夏が終わり秋がはじまったばかりのころだったように思う。なぜか海辺でバーベキューをしようという話になったのだが。より集まったおれたちは、皆手ぶらだった。当然バーベキューセットもないし、どこへゆくというあてもない。…

百物語 三十二回目「コトリバコ」

それは、30年くらい前の話。古い家に住んでいた。戦後間もないころに建てられた家。その家にある離れに住んでいた。その離れは。どこか閉ざされた場所であった。通りには面しておらず。片面は雑木林じみている庭と、母屋の裏手に囲まれ。その裏側は、地面…